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東京地方裁判所 昭和32年(刑わ)2216号 判決 1961年10月27日

Aに対する私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、詐欺(昭和三二年刑わ第一九〇二号)、Bに対する私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使(同年刑わ第二二三〇号)、B、Cに対する私文書偽造同行使、公正証書原本不実記載、同行使及びBに対する私文書偽造、同行使公正証書原本不実記載、同行使、私文書変造同行使(以上同年刑わ第二二一六号、)Bに対する有価証券偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使(同年刑わ第二五二八号)、Aに対する詐欺(同年刑わ第四四一八号)各被告事件につき、当裁判所は検察官高橋源治出席の上審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人Bを懲役二年に処する。

被告人Aを懲役一年六月に処する。

被告人Cを懲役一〇月に処する。

被告人全員に対し本裁判確定の日からいずれも三年間右各刑の執行をそれぞれ猶予する。

押収にかかる篠原久雄名義の証明書二通(昭和三三年証第七四九号の二四の家屋建築申告書に添付のもの、及び同号の二六、)竹中亦次郎名義の訴訟委任状二通(同号の三六、東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第七二〇九号執行異議事件記録中、異議申立書と題する訴状並びに強制執行停止命令申請書にそれぞれ添付のもの)、北島五郎衛門名義の承諾書(同号の二、建物所有権保存登記の抹消登記申請書に添付のもの)、日本農工株式会社代表取締役野田沢敏男振出名義の約束手形(昭和三五年証第五三七号の六)中の後記偽造部分、並びに同会社代表取締役日暮伊助振出名義の約束手形(同号の一七の一)中の後記偽造部分は、いずれもこれを没収する。

訴訟費用の内、

証人君塚春吉、同佐々木タマ、同伊藤義郎、同松本佐代治に支給した分は被告人Aの単独負担とし、証人春日慎一、同高橋武定、同守屋徳重、同安部井由弥(昭和三四年一一月一七日及び同月二四日に各出頭の分)同大山金造、同今里勝雄に支給した分は被告人Bの単独負担とし、証人北島五郎衛門、同戸田清八、同中村浩子、同中村大、同中村文雄、同綿貫恒信に支給した分は被告人A及びBの連帯負担とし、証人島田耕三、同李仁柱、同尾形武門、同海老塚潔、同竹中亦次郎、同稲垣寅吉、同稲垣規一、同安部井由弥(昭和三五年九月一四日及び一〇月三一日に各出頭の分)に支結した分は被告人B及びCの連帯負担とする。昭和三二年六月二五日附起訴状記載の公訴事実中、第二の五、竹中亦次郎名義の委任状の変造及びその行使の点については、被告人Bは無罪。

理由

(罪となるべき事実)

第一、(被告人Aの尾関未佐子に対する詐欺の事実)《省略》

第二、(三和コンジット関係)

被告人Cは、コンジット・パイプその他電気工事材料の販売業を、当初は、個人営業として、昭和二二年六月二五日以降は三和コンジット株式会社を設立してその代表取締役となり、右会社名義で営んでいた者、被告人Bは右藤原と縁つづきの関係がある東京弁護士会所属の弁護士で、右会社の監査役に就任し、かたがた被告人Cより同被告人及び右会社に関する諸種の法律問題につき相談や訴訟委任を受ける、いわゆる法律顧問的な地位にあつた者である。

被告人Cは、右会社設立前の昭和二一年春頃、竹中亦次郎が従来朝田すゑより賃借していた東京都港区芝新橋四丁目三八番の一の宅地二九五坪四合四勺の内三六坪五合九勺につき、右竹中より、土地所有者朝田の承諾を受けず、地代はCが竹中名義で支払う約束の下に借地権の譲渡を受け、その上に木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建店舗倉庫一棟(建坪三九坪五合九勺、二階一〇坪五合―但し坪数は後に増築した部分を含む―以下「建物(一)」と略称する)を建築して、これを右会社の営業用倉庫及び自己の住居等に使用し、更に昭和二三年末頃右朝田所有、同所同番の二宅地一九坪五合一勺につき、その借地権を朝井清より、同様地主の承諾なしに譲り受け、その上に右会社名義で鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建倉庫一棟(建坪一八坪)(以下建物(二)と略称する)を建築して右会社の営業に使用していたが、右建物(二)の敷地についてはその後地主朝田より借地権無断譲受の事実をとがめられて明渡訴訟を起され、結局昭和二五年一一月一六日調停によりこれを同人から買い取つた。右二棟の建物はいずれも未登記で、家屋台帳、固定資産課税台帳にも登載されていなかつた。昭和二六年一一月頃、右建物(二)はその敷地と共に、右会社より李仁柱に譲渡され、代金は右会社が李仁柱に対して負担していた取引上の債務の内約七〇万円と相殺され、敷地については昭和二七年九月二五日、所有権移転登記を了した。

一方右会社が三瓶金属工業株式会社に対して取引上負担する手形金債務が約三〇〇万円に達し、昭和二七年九月頃三瓶金属から担保物件の提供を要求されたので、Cは一旦右二棟の建物を担保に供する意向を示したが、その後言を左右にして担保物権設定の手続をとらなかつたため、三瓶金属は、三和コンジットに対し約一〇〇万円の手形金請求訴訟を起し、勝訴の確定判決を得る一方、昭和二八年六月八日東京地方法務局芝出張所に対し、債権者代位権に基き三和コンジットに代位して家屋建築申告をし、建物(一)を、東京都港区芝新橋四丁目三八番地の一、家屋番号同町三八番の一八、木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建倉庫一棟建坪二一坪五合二階一〇坪五合、同(二)を、同所三八番地の二、家屋番号同町三八番の一九、鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建倉庫一棟建坪一八坪、いずれも三和コンジット株式会社所有として家屋台帳に登録した上、前記確定判決に基いて右両建物につき東京地方裁判所に強制競売の申立をしたので、同月二二日競売開始決定がなされ、同裁判所より前記法務局出張所に対し、右決定の記入登記の嘱託があり、同月二三日同所登記官吏の職権により右建物につき三和コンジット株式会社名義の所有権保存登記がなされその上に右嘱託にかかる競売開始決定記入の登記がなされるに至つた。

ところが、当時Cが竹中名義で支払うべき地代を滞納したため竹中は朝田から賃料不払を理由に本件土地の明渡を請求され、Cは竹中から右明渡請求に対する対策の一切を委ねられていたので被告人らは建物(一)につき竹中名義の書類を作成してこれを同人名義で二重に保存登記し、又建物(二)についてはこれをC個人の名義で二重に保存登記し、右竹中、C名義を使用して強制執行に対する第三者異議の訴訟等を提起し、もつて三瓶金属の申立による前記強制執行手続の進行を阻止することを考えつき、ここに被告人両名共謀の上、或は被告人B単独で、次のような犯行を行つたのである。

一、被告人Bは、

(一) 昭和二八年九月上旬頃、自宅において行使の目的を以つて、ほしいままに、建物(一)は竹中亦次郎が建築したものではなく、建物(二)は被告人C個人が建築したものでないのに、情を知らない被告人Bの二男由弥(現在安部井姓)をして、白紙二枚を重ね複写紙、鉄筆を用い、証明書と題し建物(一)は竹中亦次郎より同(二)はC個人よりそれぞれ自己又は自己の弟が請負つて建築したものである旨の文言を同時に記載させ、作成名義人として篠原久雄なる氏名を冒書させた上、その名下に篠原と刻した有りあわせ印(昭和三三年証第七四九号の二七の内)を自ら押捺し、以て右篠原久雄名義、内容同文の事実証明に関する私文書(前同号の二四、家屋建築申告書に添付のもの及び同号の二六)を偽造し、

(二) 同月七日東京都港区芝赤羽町一番地東京法務局芝出張所において同所登記官吏に対し、右建物(一)は既に前記のとおり三和コンジット株式会社の所有として家屋台帳に登録されているのに、これを秘して未登記未登録と偽り、かつ竹中亦次郎の所有ではないのに、これを同人所有として、同人が自己の建築所有する右建物につき家屋建築申告をするもののように装い、同人名義で作成した申告書に、前記偽造にかかる篠原久雄名義の証明書二通の内一通(前同号の二四、家屋建築申告書に添付のもの)を真正なもののように装つて添付して提出行使し虚偽の家屋建築申告をなし、よつて右登記官吏をして右建物を所有者竹中亦次郎家屋番号三八番の二〇(種類構造建坪等は冒頭判示のとおり)として二重に家屋台帳に登録させ以て権利義務に関する公正証書原本に不実の記載をさせた上、即時これを同所に備えつけさせて行使し、

(三) 同日同所において建物(二)についても既に三和コンジット名義の家屋台帳登録がありかつ右建物はC個人が建築したものではないのにこれを未登録かつ同人所有のように装い、C名義の右建物に関する家屋建築申告書に、前記偽造にかかる篠原名義の証明書二通中他の一通(前同号の二六)を真正なもののように装つて添付して提出行使し虚偽の家屋建築申告をなし、よつて同登記官吏をして右建物を、所有者C、家屋番号三八番の二一(種類構造建坪等は冒頭判示のとおり)として二重に家屋台帳に登録させ、以て権利義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせた上、即時これを同所に備えつけさせて行使し、

三、被告人B、C両名は共謀の上、情を知らない司法書士小沼龍太を介し、前同所において、同所登記官吏に対し

(一) 同月一六日、建物(一)については前記のとおり三和コンジット株式会社名義で既に所有権保存登記がなされているのにこれを秘して未登記のように装い、かつ右建物は竹中亦次郎の所有でないのに同人所有と偽つて同人名義で虚偽の所有権保存登記の申請をし、よつて右登記簿に同日受附第八七七三号を以てその旨の登記(建物の表示は前示家屋台帳の記載に同じ)の記載をさせ、以て権利義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせた上、即時これを同所に備えつけさせて行使し、

(二) 前同日建物(二)についても前同様既存の保存登記があるのにこれを秘して未登記のように装い、かつ右建物はC個人の所有でないのに同人所有と偽つて、同人名義で虚偽の所有権保存登記の申請をし、よつて右登記官吏をして不動産登記簿に同日受附第八七五九号を以てその旨の登記(建物の表示は前示家屋台帳の記載に同じ)の記載をさせ、以て権利義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせた上、即時これを同所に備えつけさせて行使し、

一、被告人Bは、

(一) 同月下旬頃、前記自宅において、行使の目的をもつてほしいままに、予め不動文字の印刷してある訴訟委任状用紙一枚の受任者欄に記名ゴム印を用いて自己の住所氏名を、委任事項欄にペン及びインクを用いて「債権者三瓶金属工業株式会社債務者三和コンジット株式会社間不動産強制競売事件について、拙者その利害関係人として権利行使一切の件」と記入し、委任者の署名欄に前記竹中亦次郎の住所氏名を冒書し、その名下にかねて地代の供託等に使用していた竹中の丸印(前同号の二七の内竹中なる書体のもの)を冒捺し、以て右竹中名義の訴訟委任状一通を偽造した上、同月二二日東京地方裁判所に対し竹中及びC名義で前記競売開始決定に対する異議申立をなすに際し、右偽造にかかる訴訟委任状を真正なもののように装つて、自己の訴訟代理権を証する書面として異議申立書に添付して提出行使し、

(二) その後右競売手続が進行し、右二棟の建物を三瓶金属工業株式会社が競落し昭和二八年一二月競落許可決定がなされ、次いで昭和二九年二月一日右両物件の引渡命令が発せられたのであるが、被告人はこれに対し、竹中及びCの名義で第三者異議の訴を起すことを企て、昭和二九年七月中旬頃、前記自宅において、行使の目的を以てほしいままに、前同様不動文字の印刷してある訴訟委任状用紙の委任事項欄に「相手方三瓶金属工業株式会社に対し競落許可決定に基く引渡命令執行異議について裁判上裁判外一切の行為」と記入した他、前同様の方法で同様の記入、捺印をして竹中亦次郎名義の訴訟委任状一通(前同号の三六、東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第七二〇九号執行異議事件記録中の訴状に添付のもの)を偽造した上同月一九日東京地方裁判所に右第三者異議訴訟を提起するに際し、右偽造委任状を真正なもののように装つて、「不動産(家屋)引渡執行目的に関し第三者の執行異議」と題し竹中、Cを原告とする訴状に、自己の代理権を証する書面として添付提出して行使し、

(三) 右同時期頃、自宅において行使の目的をもつて同様訴訟委任事項欄に「相手方三瓶金属工業株式会社に対し競売手続に基く競落許可決定による建物引渡執行異議並に之に基く執行停止申立の訴訟―裁判上裁判外一切の行為」と記入した他前同様の方法により竹中亦次郎名義の訴訟委任状一通(前出執行異議事件記録中執行停止命令申請書に添付のもの)を偽造した上、同月一九日、東京地方裁判所に右第三者異議訴訟に伴う強制執行停止命令申請をなすに際し、右偽造委任状を真正なもののように装つて右執行停止命令申請書に自己の代理権を証明する書面として添付して提出行使し、

四、その後昭和三〇年六月頃建物(二)が前記李仁柱より島田耕三に譲渡され、李及び島田より所有権移転登記の請求を受けるや、被告人BC両名は共謀の上、右建物の所有権を第三者に移転した旨の仮装の登記をして島田等からの請求を免れようと企て、同年七月一八日、前記東京法務局芝出張所において、情を知らない前記小沼司法書士を介し同所登記官吏に対し、右建物をCよりBの先妻の母に昭和二九年一二月二〇日附を以て売渡した旨架空の事項を記載した建物所有権移転登記申請書その他所要書類を提出して虚偽の所有権移転登記の申請をし、よつて右登記官吏をして不動産登記簿に同日受附第七七九五号を以てその旨の登記の記載をさせ、以て権利義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせた上、即時これを同所に備えつけさせて行使した。

第三、(赤坂観光ホテル関係)

被告人Aは建築業を営むA建設工業株式会社の代表取締役、被告人Bは右会社の顧問弁護士である。

被告人Aは、右会社が前請負人株式会社北島工務店(代表取締役北島五郎衛門)より引き継ぎその建築工事を施工した東京都港区赤坂伝馬町二丁目一及び二番地所在の鉄筋コンクリート造地下一階屋階付陸屋根三階建総建坪一八〇坪余の建物(旅館)一棟につき、既に昭和三一年二月八日東京法務局受附第一五一八号を以て、その所有者である右株式会社赤坂観光ホテル名義で所有権保存登記(但し建物の所在地番は誤つて四番地とされていたもの)がなされ、かつその上に同月一八日同法務局受附第二〇七三号を以て前記北島五郎衛門のために債権額五五〇万円、弁済期同年三月三一日なる抵当権設定登記、並びに同日同局受附第二〇七四号を以て、右五五〇万円を期限に弁済しない時は右建物の所有権を北島に移転する旨の停止条件附代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされておりこの事実を知つていたに拘らず、これを秘して右建物につき自己の主宰するA建設工業株式会社名義で二重に所有権保存登記をした上、右抵当権等の附着した赤坂観光ホテル名義の所有権保存登記を抹消し、右建物につき抵当権設定等のない完全な所有権を有するもののように装つてこれを担保に他より工事資金の融通を受けようと企て、

一、阪倉満徳と共謀の上、同年五月七日、東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地東京法務局登記課において、同所登記官吏に対し、情を知らない司法書士伊藤義郎を介し、右建物については前記のように既存の所有権保存登記があるのにこれを秘し、A建設工業株式会社名義で二重の所有権保存登記の申請をなし、右登記官吏をして不動産登記簿に同日同局受附第六六四六号を以てその旨の登記(但し、建物の所在地番は東京都に対する建築届出書類の記載に合せて三番地とされた。)させ、以て権利義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせた上、即時これを同所に備えつけさせて行使し、

二、防倉満徳、中村大、尾野武義、中村文雄、中村浩子と共謀の上、同月一二日、被告人B方において、行使の目的を以て、前記抵当権者北島五郎衛門の承諾がないのにほしいままに、白紙に、複写用具を用いて、赤坂観光ホテル名義の前記所有権保存登記を抹消するについては異存がない旨を記載した上、右北島の住所氏名を冒書し、その名下に北島と刻した有りあわせ印を冒捺し、以て右北島名義の、権利義務に関する私文書たる承諾書一通(昭和三三年証第七四九号の二、抹消登記申請書に添付のもの)を偽造し、同日東京法務局登記課において、情を知らない司法書士松本佐代治を介し、同所登記官吏に対し、抵当権者北島の承諾がないのにあるように偽り、右偽造にかかる承諾書一通を真正なもののように装つて登記申請書に添付して提出行使し、前記赤坂観光ホテル名義の所有権保存登記の抹消登記の申請をなし、右登記官吏をして不動産登記簿に同日同局受附第七〇二三号を以てその旨の登記をなさしめ、以て権利義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせた上、即時これを同所に備えつけさせて行使し、

三、阪倉満徳、中村大、尾野武義、中村文雄、中村浩子と共謀の上、同月二一日頃、東京都港区芝新橋四丁目一〇番地芝商工信用金庫において、同金庫貸付係大串清等に対し、右建物については、赤坂観光ホテル名義の所有権保存登記は、利害関係人たる抵当権者北島五郎衛門の真正な承諾を得て抹消されたので、後になされたA建設工業株式会社名義の所有権保存登記は、右北島等利害関係人において何等異議のない有効なものとなり、A建設は右建物につき抵当権設定等の負担のない完全な所有権を有することとなつた旨、虚構の事実を申し向けて右建物を担保に八〇〇万円の借入れ申込みをし、右一取び二各判示の不実の記載ある登記を松本司法書士を通じて閲覧した右大串等をしてその旨誤信させ、よつて即日同金庫より貸金名下に、貸付元本八〇〇万円より前払利息、公正証書作成費用、抵当権設定等の登記費用その他諸費用等を控除した約五〇〇万円(現金)の交付を受けてこれを騙取し、

四、被告人Bは、同月一二日、被告人Aが前記二の犯行をなすに際し、前記自宅において、被告人A、阪倉満徳、中村大等の来訪を受け、同人等より、松本司法書士が作成した北島五郎衛門の承諾書のひな形(前同号証の四二)を示され、「ホテルの中村文雄等から、こういう書面があれば、赤坂観光ホテル名義の所有権保存登記は抹消できると言つてこのひな形をよこしたのだが、これをこちらで作成しても大丈夫だろうか」という趣旨の相談を受けるや、A等が北島の承諾がないのにほしいままに右承諾書を偽造してこれを登記官吏に提出してその旨の登記をさせようとしていることの情を知りながら、「右ひな形をホテル側でよこしたのなら、責任はすべてホテル側が負うものと思われるから、A側で承諾書を作成しても差し支えあるまい。」との趣旨の意見を述べ、A等の犯意を強化すると共に、右承諾書の浄書に必要な白紙、複写用具等を提供し、以てA等の前記二記載の犯行を容易ならしめて幇助した。(註判示事項四)

第四、(日本農工関係)《省略》

(証拠の標目)《省略》

(主要な争点についての判断)

(以下、公判調書中の証人又は被告人の供述記載は単に何某の証言又は供述として引用し、押収にかかる証拠物の番号は証拠の標目に掲げたと同様の方法により略記する。)

判示第一、被告人Aの尾関未佐子に対する詐欺の点について、《省略》

判示第二、三和コンジット関係の犯罪事実について、

一、判示の公正証書原本(不動産登記簿)不実記載の点について、(註判示事項一)

判示の竹中次郎名義の所有権保存登記及びC名義の所有権保存登記は、いずれも既に三和コンジット株式会社名義の所有権保存登記がなされているのと同一建物につき二重になされたものであることは証拠上明白であり、被告人等も争わないところである。

被告人等は、いわゆる二重登記であつても、既存の登記が無効であれば、後になされた登記は、それが実体的法律関係に符合する限り、有効であると解すべきところ、本件においては、既存の三和コンジット名義の登記は何れも実体に反する無効のものであるのに対し、後に被告人等によつてなされた登記は実体に適合する有効なものであるから、犯罪を構成するいわれはないと主張するので、この点につき、以下項目を分けて判断することにする。

(一)  本件建物の所有権の帰属について、

(1) 建物(一)は被告人Cが昭和二一年春頃その敷地を竹中亦次郎より譲り受け同年夏頃その上に築造したものであること、三和コンジット株式会社が設立されたのは昭和二二年六月二五日(証二二号抹消登記申請書に添付の会社登記簿騰本参照)であることは証拠上明白であるから、右建物は建築当時Cの所有であつたと認むべく、その後これが右会社に譲渡されたことを認むべき証拠はない。

(2) 被告人等は建物(二)もC個人が建築したもので、同人の所有であると主張するが、建築申請事項変更届及びこれに添付の建築申請書副本(証一七号)によれば、右建築の時期は昭和二四年一月頃で、既に三和コンジット株式会社が設立された後であり、右変更届にも、新建築主として「三和コンジット株式会社代表取締役社長C」なる記載があること、その他証拠によつて明らかなとおり、右建物は倉庫として専ら右会社の営業に使用されていたこと、その後会社の債務の弁済のために李仁桂に譲渡されたこと、なおCも検察官に対し「この倉庫は三和コンジットの倉庫にするために建てたもので、建築資金は当時会社の金と個人の金とがごつちやになつていたので双方から出ていると思う」旨述べていること(同人の検察官に対する昭和三二年六月一四日附供述調書第七項)等を綜合すると、右建物は建築当時からC個人の所有ではなく三和コンジット株式会社の所有であつたと認むべきである。(もつとも右建物の敷地については、朝田すゑとの間の判示調停の条項によれば買主はC個人となつており、登記簿上もCが朝田から買つて李仁桂に売渡した形になつているが、そのことは右認定を左右するものではない。)

(3) 次に、証拠によれば、右建物(二)は昭和二六年一一月頃判示のように李仁桂に譲渡された事実が認められる。

この点につき被告人等は、右譲渡は李仁桂が三和コンジットに対しパイプの取引を再開することを停止条件とする譲渡担保であるところ、李が取引を再開しないので、未だ譲渡の効力を発生していないのであるとか、或は又、取引再開の条件を李が履行しないから譲渡担保契約を解除したとか主張するのであるが、被告人等の供述(しかもCのこの点に関する供述((第一四回公判))は甚だあいまいである。)を措いては他にこれを裏付ける証拠はない。「担保を入れれば取引を続ける」とは日常よく耳にするところであり、本件においても右のような話合いがあつたことは窺えないではないが、それは担保供与が先履行の関係にある趣旨と解すべきであつて、担保さるべき債務が存在する以上、他に特段の事情も認められない本件においては取引を再開しなければ担保供与の効力を生じないとか、一旦成立した担保契約を解除し得る趣旨であるとは到底解し得ない。むしろ、右建物の敷地については既に判示のような所有権移転登記がなされていることに徴しても、取引再開を条件とするとの点は全く事実に副わない弁解のための言辞であるといわざるを得ない。

又、被告人等は、李仁桂との間に買戻の特約があつたので、これに基いて買戻権を行使したとも主張するが、なるほど買戻の特約があつたことは証拠上認められる(但し買戻の期限は半年か一年か、或は約定がなかつたのか必ずしも明らかでない)けれども、Cが代金を提供して買戻権を行使したことは、同人の供述によつても認め難く、他に証拠は全くない。右のような次第で、李仁桂は右建物につき所有権移転登記を受けていないから、第三者に対する関係では完全な所有権をもつて対抗することはできないが、三和コンジットと李の間においては、右建物の所有権は既に李に移転していたものと認められるのである。

(二)  三和コンジット名義の保存登記の効力について、

右(一)に説明したところによれば、本件建物二棟につき三瓶金属工業株式会社の申立によつてなされた三和コンジット株式会社名義の家屋台帳登録及び所有権保存登記は建物(一)に関する限り、実体上の所有関係と一致しないから無効という他はない。しかし建物(二)についての右登録は有効である。もつとも、既に説明したように右建物は右登記登録のなされた当時既に三和コンジットより李仁桂に譲渡され、当事者間においては所有権が移転していたのであるが、そのことは、李が三和コンジットに対し所有権移転登記請求権を有するというだけのことであつて、右建物がもと三和コンジットの所有であつた事実は動かないのであるから、三和コンジット名義の右保存登記は無効とはならない。

(三)  二重登記の違法性

同一の不動産物権につき二個以上の登記が併存する状態を許容するときは、不動産物権の公示の制度の趣旨に反し、取引の混乱を招くおそれがあることは言うまでもなく、その故にいわゆる二重登記は登記法の容認しないところであり、既存の登記と重複する内容の登記申請は、登記官吏においてこれを却下すべきものとされているのである。もつとも、右のように法律上禁止されているに拘らず何等かの事情により二重登記がなされてしまつた場合において、先の登記が無効であり、後の登記の方が実体的法律関係に合致しているときは、二重の登記であつても後の登記は民事上有効であると解すべきであることについては、当裁判所も被告人、弁護人等と見解を同じくするものである。しかしそれは右のような場合、先の登記はもともと無効であり抹消さるべきものであるから、後になされた登記を二重登記であるというだけの理由で抹消してみても、先の登記が抹消された後、再び後の登記と同一内容の登記をすれば完全に有効となるのに、強いて後の登記を二重登記であるというだけの理由で抹消することは無用の手続を繰り返すことになり、手続上の経済に反するからであつて、既存の登記が無効だからといつて、それを法定の手続によつて抹消することなく、いきなり二重の登記をするという、そのこと自体を登記手続法が認めているものではないことは疑問の余地がない。されば、既存の登記を抹消せずしてなされたいわゆる二重登記は、右に説明したように登記手続法上許されない登記であるという意味において、先の登記の民事上の効力の有無にかかわりなく、刑法第一五七条にいう「不実の記載」の概念に該当すると解するのが相当である。

ところで本件においては既に認定したように、三和コンジット名義の既存の所有権保存登記は、建物(一)については無効であるが、右に説明したところによれば、右建物につき竹中亦次郎名義でなされた本件判示二(一)の所有権保存登記は、右三和コンジット名義の登記を抹消せずに二重になされたという点において、不実の登記というを妨げず、又建物(二)に関する本件判示二(二)被告人C名義の所有権保存登記があるのにこれと重複してなされた点で不実の登記であることが明らかであつて、ともに刑法上違法性を具備し前記法条に該当するものであるといわなければならない。

(四) 竹中名義の保存登記は実体に反しないか(註判示事項二)

被告人等は、この点につき、建物(一)を竹中名義で登記することについては、Cが同人から借地権譲渡を受けた時に同人の了解を得ているから、右保存登記には何等不法のかどはないと主張する。

なるほど証拠によれば、Cと竹中との間に右のような了解が暗黙裡になされていたことが認められないでもない。即ち、右借地権譲渡がなされた当時、地主朝田すゑより承諾を得ることは相当困難であると予想された上、当時竹中は病身で、自ら朝田方に赴いて承諾を得るよう交渉することができない事情もあつたので、竹中とCは、当分の間地代はCが竹中名義で支払い、朝田の承諾を得ることについては、竹中病気回復を待つて追い追い交渉することとしておいたという事実は証拠上疑問の余地がない。しかも、後に無罪部分の理由(三)において詳説するように、その後Cが竹中名義で支払うべき地代を滞納し、竹中が朝田よりこれを理由に明渡を要求された際、竹中はCに右明渡請求に対する対策一切を一任している事実も認められる。してみれば(借地の無断転貸、借地権の無断譲渡は賃貸借解除の最も強力な理由となるものであり、竹中、C共にその事実を地主に知られては困る立場にあるわけで、それ故に、地代を竹中名義で支払うことを約していたほどであるから)Cが本件建物を竹中名義で登記し、地主に対して借地権無断譲受の事実をかくすことについても、(竹中との間に明示の了解があつたとは認め難いが)右「明渡請求に対する対策一切」の中に含めて包括的な了解が成立したと見る余地はあるわけである。さればCが本件建物(一)を登記することにつき、竹中の名義を使用する権限がなかつたとは断定できない。

しかし、右名義使用権なるものは、右に説明したところから明らかなとおり、地主に対し借地権無断譲受の事実をかくす目的に出たものであつて、竹中は右建物の真実の所有権者ではないのである。そうすると、竹中名義の所有権保存登記は一種の真実に合致しない仮装行為であつて、刑法第一五七条にいう公正証書原本不実記載の観念にあてはまることは疑問の余地がない。(仮に竹中の名義使用につき同人の了解あることが確証されれば、同人についても不実記載罪の共犯が成立する関係にあるわけである。)

なお被告人Bはこの点につき、「竹中名義で建物を建てる」ことと「竹中が建てる」こととは法律効果において全く同一であるから、竹中名義の登記は不実ではない(後出篠原名義の証明書の内容も虚偽ではない)というのであるが、独自の議論であつて、到底採用に価しない。

(五) C名義の保存登記は実体に反しないか。(註判示事項三)

(1) 検察官は、建物が当時既に李仁桂に譲渡されていたのに、これをC所有として登記した点においても「不実の記載」に該当すると主張するようである(昭和三二年六月二五日附起訴状の公訴事実中冒頭及び第一の二の記載参照)。しかし、未登記の建物につき所有権移転が行われた場合でも、登記法上は、先づ右建物を建築した者の名義で保存登記をした後、譲受人に移転登記をするのが本則であることは弁護人主張のとおりである。即ち、建物の建築主は自己名義で保存登記をする権能を有するものであり、右権能は、建物所有権を他に譲渡したからとて失われるものではないのである。故に本件の場合においても、仮に建築主がC個人であれば、これをC名義で登記することは、(二重登記であることを別にすれば)そのこと自体は不法ではなく、犯罪を構成する余地はなかつたのである。なお証拠によれば、右保存登記をした当時、被告人等はこれを李に移転登記する意思はなかつたと認められるのであるが、そのことは、右の理を左右するものではないと考える。

(2) しかし、前認定のように、右建物の建築主は三和コンジットであり、Cはかつてこれを所有したことはないのであるから、これをC個人の所有として登記した点において、右保存登記は不実の登記であると言わざるを得ないのである。

(六)  結論

以上を要するに、被告人等のなした保存登記は、いずれも二重登記であるという点の他、なお建物(一)については竹中所有でないものを竹中所有として登記し、建物(二)についてはC個人の所有でないのに同人所有として登記した点で、不実の登記であると言うことができる。

(七)  被告人等の犯意について、念のため一言しておこう。被告人等が先の三和コンジット名義の登記は無効であるから二重に登記しても罪とならないと信じたとしても、それは法律の錯誤であり、もとより犯意を阻却しない。又本件の如き事情の下において竹中名義の登記は許されると信じたとしても、この点も同様である。

二、判示一の公正証書原本(家屋台帳)不実記載の点について

家屋台帳登録は建物の保存登記の前提としてなされるもので、台帳の登録と異る内容の保存登記は許されず、台帳に登載されてない建物について保存登記をすることもできないし、又一旦保存登記がなされた上は、登記事項と台帳の登録事項は常に一致するのが建前である。かように登記と台帳登録は表裏一体の関係にあるものと言い得るのであるから、判示二の保存登記について説明したことは、すべて判示一の家屋台帳登録についてもあてはまるわけである。

故に被告人Bのなした右台帳登録は、判示二の保存登記について述べたと同一の理由により公正証書原本不実記載罪を構成する。

三、判示一の(一)私文書(篠原名義の証明書)偽造の点について、《省略》

四、判示三の私文書(竹中名義の訴訟委任状)偽造の点について、《省略》

五、判示四の公正証書原本不実記載(安部井精に対する所有権移転登記)の点について、《省略》

判示第三、赤坂観光ホテル関係の犯罪について、

一、株式会社赤坂観光ホテル名義の所有権保存登記及び北島名義の抵当権設定登記の効力について、

(一)  本件建物の請負工事の経過、右保存登記及び北島の抵当権設定登記等がなされた経緯、

証拠によると次のような事実が確定される。

中村文雄は株式会社ホテル赤坂の代表取締役として、東京都港区赤坂伝馬町二丁目二及び三番地所在の木造平家建、建坪一二〇坪位の建物(旧館)を使用して旅館業を営んでいたのであるが、昭和二九年八月頃右旧館の敷地に隣接する同町二丁目一及び二番地に判示鉄筋コンクリート造地上三階地下一階建総建坪一八〇坪余の建物(新館)を新築して旅館営業を拡張しようと計画し、右新館建築工事を株式会社北島工務店(代表者代表取締役北島五郎衛門)に請負わせた。右請負契約は当初は書面を取り交すことなく口頭でなされ、北島工務店から見積書を作成提示したのみで工事が開始された。そして右契約によれば請負金額は二二六六万余円、その半額は工事進捗の程度に応じて適宜分割して支払いその余は地下部分の工事を先に完成して営業し、その収益の内から遂次辨済することとされていた。ところが、ホテル赤坂の営業状態は当時芳しくなく、右工事代金を約定どおり円滑に支払う能力がなかつたので、北島の勧めもあつて中村文雄は株式会社赤坂観光ホテルなる名称の新会社を設立し、新館の営業は右新会社名義ですることにして出資者を探したがこれも思わしくなく、又北島側にも工事費用を立替支弁する程の資力はなかつたので、新館工事コンクリート打ちを完了し天井と床の仕上げを終り、窓枠を入れた程度まで進行したところで昭和三〇年六月頃、遂に中止のやむなきに至り、その後も中村北島双方で資金集めに奔走したが見るべき成果もなく、右中止当時の出来高一〇一〇万余円の内二四七万余円が支払われたのみでその余は未済のまま、工事再開の見通しも立ない状態となつていた。

ところが同年一二月頃になつて、A建設工業株式会社を主宰する被告人Aが中村文雄に対し、人を介して右新館工事を引き継ぎ施工したい旨申入れて来たので中村もこれに応じ、同月一二日赤坂観光ホテルとA建設との間に、A建設は新館の残工事を代金一八七三万円(但し地上四階とするものとして)で請負い、昭和三一年三月三一日までに工事を完了する、赤坂観光は右代金の内七〇〇万円を建物完成まで(但しその内二〇〇万円については予め契約成立と同時に手形を振出し交付する。)に支払い、残余は完成後二年間内に分割払いすること等を内容とする請負契約が結ばれた。そしてA建設は北島に対し既設の足場の使用料等として一〇万円を支払い、北島の了解を得て工事に着手した。

一方ホテル赤坂と株式会社北島工務店の間の前記請負契約は昭和三一年一月一〇日に至つて中村と、北島の代理人戸田清八との間で合意解除せられ、その際工事代金弁済並びに抵当権設定契約証書(証一三号はその写)が作成された。その内容は新館建物の所有権を同日ホテル赤坂に移転し、ホテル赤坂は前記未払工事代金中五五〇万円を同年三月三一日迄に支払うこと、右支払を担保するため新館建物に抵当権を設定し、右期日までに登記手続を完了すること、期限に右支払がなされた場合北島は残余の代金を免除すること等であつた。そこで右契約に基き、中村文雄は同年二月八日東京法務局受付第一五一八号をもつて右未完成の新館建物につき、所在地番を赤坂伝馬町二丁目四番地家屋番号同町四番の九として株式会社赤坂観光ホテル名義の所有権保存登記をなし、その旨を戸田に通知し、抵当権設定登記に必要な委任状、印鑑等を交付したので北島はこれを使用して同月一八日、右保存登記の上に債権額五五〇万円弁済期同年三月三一日なる債権を被担保債権とする抵当権設定登記、(同局受付第二〇七三号)及び右債権を期限に弁済しない時は建物所有権を北島に移転する旨の停止条件附代物弁済契約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を(同局受附第二〇七四号)を、いずれも北島五郎衛門個人の名義でなしたのである。右代物弁済契約は前出証一三号の契約書に記載がなく、中村北島間にその成否につき民事上の争があつたのであるが、本件犯罪の成否に直接関係がないと考えるので、ここでは立ち入つて判断しないことにする。

(二)  右所有権保存登記及び抵当権設定登記の効力

(1) ところで、右赤坂観光ホテル名義の保存登記の申請書に添付された固定資産税台帳登録証明書が偽造にかかるものであることは中村文雄他一名に対する当裁判所昭和三二年合わ第一四四号公文書偽造等被告事件の一件記録によつて明らかである。そして凡そ登記申請手続が登記権利者と登記義務者の共同申請を要する場合においては登記申請が登記義務者の意志に基いてなされることが登記を有効ならしめる一要件と解されるところ、偽造文書による登記が無効とされるのは右義務者の意志に反するものであるという点に、その根拠が求められるのである。ところが本件で問題にされている保存登記は所有者単独で申請し得るものであるから、それが所有者の意志に基いてなされ、かつ実体に符合する限り、申請に偽造文書が使用されたというだけの理由で既になされた登記を無効とすべきではない。そこで本件赤坂観光ホテル名義の保存登記に実体と符合しない点があるかどうかを調べて見るに、建物の所在地番は一及び二番地であるのに如何なる事情によつてか、四番地として登記されたことは前認定のとおりであるが、かかる誤りは更正登記によつて訂正すれば済むことであつて、登記全体を無効とするものでないのは言うまでもない。又北島工務店との請負契約の当事者はホテル赤坂であり、東京都知事に対する建築確認申請の際の建築主もホテル赤坂であるのに、その後建築主名義の変更手続を経ずして赤坂観光名義の保存登記がなされたことは証拠上明らかであるが、前認定のような株式会社赤坂観光ホテル設立の経過、目的からすれば、右保存登記がなされた当時の本件建物の所有権は赤坂観光ホテルに帰属していたと確定できる。(前出証一三号の契約書には、「建物所有権を本日ホテル赤坂に移転する」とあるが、これは、請負契約当事者がホテル赤坂であつたことから、新会社と旧会社の関係を深く考えずに漫然かかる表現をしたものと考えられる。現にA建設との間の請負契約書((証一〇号))においては注文者は赤坂観光ホテルとなつている。)更にまた、前確定のような、中止当時における工事の進行程度から見れば、当時新館建物は既に独立の不動産としての実体をそなえていたものと言うべく、被告人等主張のように、未だ登記しないものであつたとは認められない。

(2) 被告人Aとその弁護人は、A、北島、中村三者間に、本件建物は工事完成まで保存登記をしたり、担保権の設定をしたりしない、仮に当事者の一方が相手方に無断で登記しても無効とする旨の特約があり、右赤坂観光ホテル名義の所有権保存登記、北島名義の抵当権設定登記はこれに違反する故に無効である旨主張するので、これについて考えてみよう。

証拠によると次のように認定することができる。

Aは北島が中村文雄と、新館建物につき抵当権設定並びに停止条件附代物弁済契約を結んだ旨を戸田清八より聞知し、かくては自ら資金、資材を投じて、右建物を完成しても、中村が北島に残代金を期限に支払わないときは(そのことは殆ど確定的に予見された。)、抵当権実行或いは代物弁済の効力発生により建物を処分され、自己の工事代金債権の唯一の担保となるべき右建物につき何等の権利をも取得し得ないばかりでなく、右抵当権等が登記されれば、右建物を担保として今後の工事資金を調達することも殆んど不可能となるであろうと憂慮し、暴力団関係者である橋本雄三の介入を求め、北島側に対し、右建物につきA側にも同等の権利を承認させるべく強硬に申入れ交渉を繰り返した結果、Aと北島の代理人戸田との間に橋本立会の上、誓約書なる書面(証一一号封筒入りの書類中にあるもの、証一五号はその写)が昭和三一年一月一二日附で作成された。右書面は、その日附より相当遅れて作成されたものであるとの疑が強いがその文書中に後記のように北島の抵当権が将来登記されることを予想しているような点から考えると、遅くとも抵当権設定登記の日である同年二月一八日より以前に作成されたものと認められ、これに反する戸田の検察官調書や証言の一部は措信できない。

右誓約書の文言は簡略かつ不正確で、当事者の真意を汲み取ることは必ずしも容易でないが、北島、戸田、中村文雄等の証言、被告人Aの当公廷における供述等を参酌して合理的に解釈すると、その骨子は中村側において前記五五〇万円を期限に弁済せず抵当権実行なしい代物弁済の効力発生により建物所有権が北島側(北島工務店もしくは北島個人)に移転するような事態を来した時は、A側も右建物に関して工事代金債権があり、しかもその担保としては他に見るべきものとてない事情を北島においても考慮し、建物を北島側の単独所有とせず、A側との間で持分を債権額に按分して共有とする、というにあり、かつそれに尽きるものと認められる。(代物弁済契約の成否につき疑問があることは前述したが、Aとしては右契約が成立したと戸田から聞かされていたのであるから、かかる契約をすることは充分あり得ることである。)

そして、本書面中には互に抵当権設定を禁ずる趣旨の記載は見当らないばかりか却つて北島において「抵当権設定の場合は、この誓約書も同時に公正証書を作成するものとする。」(「 」内原文どおり)との条項があつて、本書面作成当時既に北島、中村間の抵当権設定契約は成立済で、Aがこれを知つていたことは前認定のとおりであるから、ここにいう「抵当権設定」とは設定登記の意味に解するほかなく、してみると北島の抵当権が登記されることはA側においても予想し認容していたように読み取れるのであつて、建物完成期限前に抵当権設定及びその前提としての所有権保存登記をしない旨の特約があつたとする主張は右誓約書によつても認められず、他にこれを認めるに足る適確な証拠もないので到底採用できない。

以上を要するに、赤坂観光ホテル名義の所有権保存登記は、これを無効とするような欠陥のあるものではないのである。

(3) 北島名義の抵当権設定登記の効力についてなお念のため附け加えておこう。

当初本件建物建築請負契約上の当事者は株式会社ホテル赤坂と株式会社北島工務店であつたのに、保存登記は株式会社赤坂観光ホテル名義で、抵当権設定登記は北島五郎衛門個人の名義でなされたことは前認定のとおりである。しかし、これは、ホテル赤坂といい赤坂観光ホテルといつても実体は中村文雄の個人と変らず、又北島工務店といつても北島の個人営業に等しい程度のものであるため、当事者においても会社と個人、新会社と旧会社を峻別して考えておらず、その時々の都合で適宜名称を使い分けているに過ぎないのであつて、保存登記のなされた当時建物の所有権が赤坂観光ホテルに属していたことは前認定の如く、その間の関係はホテル赤坂から所有権譲渡ないし営業の一部譲渡を受けたとも構成し得よう。同様に北島も工務店から債権譲渡を受け、これに伴つて抵当権を取得したと見ることができるのであつて、抵当権者は北島工務店であつて北島個人ではないから、本件抵当権登記は実体を伴わない無効な登記であるとは言い得ないと解されるのである。

二、判示第三の一、A建設工業株式会社名義の所有権保存登記の違法性、及び被告人Aの犯意について(註判示事項一)

(一)  右保存登記の目的たる建物が、前に述べた赤坂観光ホテルの新館建物と全く同一物であることは証拠上明白である。右建物については既に赤坂観光ホテル名義の所有権保存登記がなされていたのであるから、A建設名義の所有権保存登記はいわゆる二重登記である。被告人Aは、右赤坂観光名義の保存登記は無効であり、A建設名義の保存登記こそ真実の法律関係に適合する有効なものであるから、形式上二重登記であつても罪とならないと抗争するのであるが、赤坂観光名義の保存登記が無効でないことは既に説明したとおりである。のみならず、いわゆる二重登記の場合においては既存の登記の効力如何に拘らず、後の登記は公正証書原本不実記載罪の構成要件に該当すると解すべきこともさきに判示第二の三和コンジット関係犯罪事実に関連して説示したとおりである。

被告人Aが、A建設名義の保存登記であることを確認していたことは証拠上明らかであつて、被告人もその点は争つていない。ただ、同被告人は、既存の登記が無効であるから二重登記であつても罪とならないと信じていたというのであるが、このような錯誤は法の不知に過ぎず、もとより故意を阻却するものではない。

三、判示第三の二、赤坂観光ホテル名義の所有権保存登記の抹消登記の違法性について《省略》

四、右抹消登記及び北島名義の承諾書偽造の点に関する被告人A及びBの犯意について《省略》

五、被告人Bの罪責は共謀共同正犯か幇助か(註判示事項四)

検察官は被告人Bが被告人A等と共謀の上、判示第三の二の私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載の犯行を行つたものであるとして、共同正犯の責任を追及しているので、この点につき考えてみるに、証拠によると、被告人Bは五月一二日、Aより承諾書作成の可否につき意見を求められた際、北島の承諾がないことを知りつつ、差支えない旨答え、中村大が右承諾書を浄書するに必要な用紙等を提供した事実が認められることは、上来説明のとおりである。

しかし、Bの右のような言動はそれだけを切り離して見れば承諾書偽造の実行行為ではなく、石垣、中村大等の犯行を容易ならしめるものに過ぎないから、Bを右犯罪の共同正犯に問擬するためには、更に共謀の事実、即ちBがA等と、一体となり右承諾書偽造等を自己の犯罪として遂行する共同の意思の下に右のような言動に出たものであるとの事実が証明されなければならない。

ところでBはA建設の顧問弁護士であるから、本件抹消登記が成功してAが金融を受けられるようになれば、顧問料、報酬等の形でなにがしかの間接的利益を享受し得る立場にはあつたであろうが、右抹消登記(及びその手段としての承諾書偽造)をすることについて直接固有の利益を有する者であるとは認められない。又、Bは前認定の如く、四月末頃自ら主導的立場において抹消登記手続を試みたことがあるのであるが、それが失敗に終つて以来五月一二日にA等の来訪を受けるまでの間、右失敗の善後策や再度の抹消登記申請の企てをA等と協議したり自ら計画したような事実は全く認めらず、むしろ右五月一二日以前においては再度の抹消登記申請の件には全然関与していないように認められるのである。そして又、五月一二日における入野の前記言動は、それ自体から唯A等が前記保存登記申請手続をなすに当つて添付書類として使用しこれを登記官吏に提出してそのような抹消登記をなさしめることを知つてなしたものと認められるに止り自らもA等の企てに共同加担しようとしてしたことを推認させるようなものでもない。かように見て来ると、被告人Bと被告人A等との間の共謀の事実は未だ認め難いので被告人Bの罪責は判示第三の四のように、幇助にとどまるものと認定した次第である。なお、上来認定したような事実関係の下において被告人Bに対する共謀共同正犯の訴因に対し、訴因変更手続を経由しないで幇助を認定することは、これによつて右被告人に意外の打撃を与えることにならないのみならずその刑責において却つて縮少された結果となるのであるからもとより何らの妨げを生じない。又被告人A等の右承諾書偽造、行使、虚偽の抹消登記申請等の行為は、判示三の詐欺罪と順次牽連する関係にあり、被告人においても、A等が右偽造等の犯行をする目的が、これによつてAが本件建物の完全な所有権者であるように装つて金融を得ようとするにあることを知つていたと認められるのであるが被告人Bについては右判示三の詐欺の点は共同正犯として起訴されていないので、右詐欺の点は罪となるべき事実として認定しない。

判示第四、日本農工関係の犯罪事実について。《省略》

(適用した法令)《省略》

(無罪の部分についての理由)

三和コンジット関係(被告人B、C両名に対する昭和三二年六月二五日附起訴状起載の公訴事実)について《省略》

(二) 公訴事実第二の一の内、山田福太郎名義の証明書偽造、行使の点について(註判示事項五)

公訴事実の要旨は

「被告人Bは昭和二八年九月上旬頃、自宅において行使の目的を以て、ほしいままに建物(二)に関する被告人C名義の家屋建築申告書中、右申告事項を証明する旨の不動文字に続く土地所有者の署名捺印欄に筆墨を用いて「李仁桂事山田福太郎」と冒書しその名下に山田なる有り合わせ印を冒捺し、以て同人名義の証明書一通を偽造した上、これを判示第二の一の(三)の家屋建築申告をなすに際し、判示偽造にかかる篠原名義の証明書と共に一括して前同登記官吏に提出行使した」

というものである。

右家屋建築申告書(昭和三三年証第七四九号の二五)を見ると、土地所有者の署名捺印欄にはペンとインクで「東京都墨田区平川橋四丁目弐番地、山田福太郎事李仁桂」なる記載があるが、その名上に李の捺印はなく、右「山田福太郎事李仁桂」なる記載は墨で抹消されその上に「山田」の丸印が五個捺してあつて、その左横に続いて毛筆と墨で「李仁桂事山田福太郎」と記載されているが、その名下にも山田の捺印はない。被告人Bの供述(第一五回公判調書)によると、「私が記入したのは右の内ペン書きの部分だけであつて、毛筆書きの部分は私は関知しない。右ペン書きの部分は、一旦これを使用して建築申告をするつもりでいたが、建物の存在及び所有権の帰属については大工の証明があれば土地所有者の証明は不要なので、使わないことにして、捺印せずに細越某に持たせて登記所に届けさせた。その際抹消に使用すべき印鑑は山田名義のものでもよいかどうか係官にたしかめた上で右ペン書き部分を抹消して提出するよう頼んでおいたところ、同人が誤解して毛筆書きの部分を書き加えたものと思われる。」というのであるが、右に見たような申告書の記載に照すと、被告人の供述は信用すべきものと思われる。然らば被告人が右山田名義の証明書を行使したという点は証明がないことになる。のみならず、右申告書用紙の書式から考えると、右証明書には土地所有者の署名の他捺印をも要求されているものと解されるところ、前記の通り、署名の下の捺印はないのであるから、被告人の書いたというペン書きの部分も、未完成の文書であつて、未だ偽造既遂の段階に達していないものと認められる。されば、被告人の作成権限等につき審究するまでもなく、右証明書の偽造、行使の点は罪とならない。しかし、この点は判示第二の一(三)の公正証書原本不実記載等の罪と順次手段結果の関係にあるものとして起訴されたものと認められるので主文において無罪の言渡はしない。

(三) 公訴事実第二の五、竹中名義の委任状の変造、行使の点について、《省略》

以上の理由によつて、主文のとおり判決する。

昭和三六年一〇月二七日

東京地方裁所刑事第二部

裁判長裁判官 江 崎 太 郎

裁判官 播 本 格 一

裁判官 藤井登葵夫

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